2024年1月7日日曜日

【連載】 謎の楽器「ごったん」ミステリーに挑む13 補遺 「ゴッタン」と悪魔の証明

  さてみなさんこんにちは。


 ゴッタンの正体については、一定の見解を得ることが出来たものの、補足事項がいくつか残っているので、そのあたりについても考察してみたいと思います。


 今回、ゴッタンのルーツや語源を探るにあたって、かなり中国の少数民族の楽器なども調べましたが、どこにも「古弾(グータン)」と呼ばれる楽器が見当たらないことが、ひとつの問題として浮かび上がりました。


 鳥集忠男さんが言及した「ごったん=古弾」説ですが、実はこの段階で少し謎があります。


https://www.nishinippon.co.jp/item/n/306305/

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%B3


 西日本新聞の記事や、ウィキの解説では、「中国 貴州省のミャオ族」に伝わる楽器として古弾があった、としていますが、



引用した「古代朝鮮文化を考える14」(1999)では、大分合同新聞の記事として「中国 雲南省」の少数民族の楽器という話も出てくるのです。


 平たく言って「どっちやねん!」という話が2つ出てくるのが、まずミステリーですね。


 地図で見るとわかりますが、雲南省というのは、中国の南端で、ミャンマー・ラオス・ベトナムに国境を接しています。貴州省はその雲南省の東隣で、こちらは他国と国境を接していないエリアです。

 鳥集氏の説では、なぜこの地域の楽器が日本に来たかと言うと「照葉樹林文化論」のひとつとして、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%85%A7%E8%91%89%E6%A8%B9%E6%9E%97%E6%96%87%E5%8C%96%E8%AB%96

日本の文化の多くが、雲南省などのエリアから渡ってきている、という話をベースにしているようでした。

(アニメ監督の宮崎駿氏も、この話の影響を受けて作品の中に取り入れているそうです)


 ところが、この照葉樹林文化論、批判も多く、はてさてそれが真実かどうかは、よくわかりません。


 それより何より、「雲南省」と「貴州省」の民族楽器をどれだけ検索しても「古弾」なる楽器が見つからないことが、恐ろしいお話です。


雲南少数民族三弦分類研究

https://m.fx361.com/news/2021/0329/11734451.html


 まあ、なんといっても現代は情報化社会ですから、中国語のテキストであってもウェブでしっかり調べることができます。

 上記のように、雲南省などの地方楽器の現地での研究も多数ありますが、どこにも古弾は見つかりません。


 もちろん、鳥集氏が見誤りそうな楽器はいくつか予想できます。たとえばこれは日本のウィキペディアにもある「囚牛」などは、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9A%E7%89%9B


見かけがかなりゴッタンに似た楽器です。


 こうした「蛇皮ではない三弦リュート系楽器」は他にも多数ありますが、実際にはいずれも現地では「三弦」の系統として伝わっており、「グータン」やそれに似た呼び名のものはなさそうです。


 逆に言えば「白族(ペー族)」にはたくさんの蛇皮三弦が伝わっており、いわゆる中国三弦そのものです。

 以下中国語のサイトがいくつか出てきますが、簡体字になっているものの、日本人でもおおよその意味がわかる箇所が多いので、ぜひ見てみてください。


https://m.zgmzyq.cn/zh/chinese-musical-instruments/faucet-sanxian/


https://shidian.baike.com/wikiid/7244717010445402172?anchor=lnq485tb11ld


などを丹念に読むとわかりますが、雲南省の弦楽器はその多くが「龍頭三弦」であり、」ヘッドの部分が龍を模したデザインになっていることが示されます。


 また「苗族(ミャオ族)」の楽器も中国三弦です。


 https://ys.httpcn.com/baike/yueqi/miaozusanxian.shtml


https://www.lnanews.com/news/110816


またこれらの地方にはいくらでも「三弦」系楽器は出てきますが、すべて呼称は「三弦」であり、となれば沖縄三線や本州三味線の「おともだち」でこそあれ、「古弾」という独自楽器ではないことになります。


 そもそも雲南・貴州地方の少数民族の大半は「三弦」を弾いていて、その中から「古弾」を見つけられないのに、あえて「グータンという中国南方の民族楽器があるのだ」ということを取り上げたのだとしたら、とても恣意的なチョイスだと言えるかもしれませんね。

(周囲に三弦がたくさんあるのに、わざわざそれをカットしているのだとすれば、たいへんに不可思議な説ということになるでしょう)


 さて、鳥集氏が、まったく荒唐無稽に「古弾」を出してきたのではないと考えられる情報もわずかにあります。


それは苗族に「弾琴」という言葉があることです。


http://gekkinon.cocolog-nifty.com/moonlute/2012/11/post-0a93.html


 月琴の研究をなさっている方の指摘では苗族(ミャオ族)は「弾琴」という言い方をするそうで、それはシンプルに「弾くもの」というニュアンスからの名称でしょう。

 日本語で通常言う言い方であれば、それは「撥弦楽器」「打弦楽器」くらいの言葉が想定できます。


https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/55127


また、大阪の堺にある江戸時代の集落跡から肥前磁器として「瀬戸水滴」という焼き物が見つかったのですが、 

「肥前磁器 瀬戸水滴 特記事項 瀬戸水滴のモチーフは苗族の「弾琴」と想定される。」

とあり、江戸時代に弾琴の形状が日本に入っていたことはありそうです。


(しかしそれを言うなら、江戸時代の堺には三線も入ってきているので・・・)


 さらに苗族には「古瓢琴」という楽器もあります。


https://www.youtube.com/watch?v=7yrV4r9OPro


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 とまあ、このあたりの段階ですでに「古弾が存在する」というのは悪魔の証明の領域に差し掛かっていることがわかります。


 悪魔の証明とは「ある物が存在することを証明するには、それを出してきて見せればいいだけだが、ないことを証明するのはとても難しい」というお話です。


 さんざん探しても「古弾」は見つからないけれど、それを「ない」と証明するのは、悪魔のように難しいことだ、ということです。


 もしかろうじて「鳥集氏が何をもって古弾を知ったか」ということを想像するならば、


■ 苗族などに三弦などを示して言う「弾琴」という呼び方があった。

■ その中で古い、古式な楽器を指して「古弾琴」のような発話や、言い方があった。

■ 「古弾」という部分だけが、ことさらに強い印象を与えた。

■ 楽器としては三弦の一種だったが、鳥集氏は「古弾」という楽器名だという印象を持った。


ということがあったのかもしれません。



 さて、古弾はともかく、ゴッタンに関しては、少しだけ朗報があります。


 それは「古弾」は見つからないけれど、雲南省や貴州省には「中国三弦の派生はいっぱいある。山ほどある」ということです。

 であれば、確率論から言っても、

「ゴッタンは古弾の影響を受けた楽器である」

という話より

「ゴッタンは三弦の影響を受けた楽器である」

ということのほうが、はるかに確率が高い、ということを意味します。


 三弦なのであれば、南九州にはすでに沖縄三線があり、本州にはすでに三味線が上陸しているのですから、わざわざ大陸にゴッタンのルーツを求めなくても、「おともだちはすぐそばにいっぱいある」のです。


 となると、やはりゴッタンの「語源」としては「ゼロベースで考え直す」必要があるわけですね。


(つづく)



 

 

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