2009年6月5日金曜日

【三線ism】 ケータイジャーナリストコンテスト



 さてみなさんこんにちは

 今日、仕事から家に帰ると「ケータイジャーナリストコンテスト」の事務局から封筒が届いていました。うちの奥さんが開けて、「図書カード」が入っていたので、さっそく

 マンガ代

にとりあげられて(笑)しまったのですが、どうやら、気づかないうちに入賞していたようです(^^;

 このコンテスト、年度末ぐらいにやっていたはずなのですが、一般投票の段階で私の作品が入っていなかったので、「だめか~」とほったらかしにしていたのですが、その後に審査員の審査で佳作に入ったようです。


 うーん、ぜんぜん、しらんかった(笑)

 一昨年の同コンテストでは上位に入っていたので、東京での授賞式に呼ばれたのですが、今年は呼ばれなかったので完全に忘れていました。

 でもまあ、奥さんが「天使なんかじゃない」の完全版が欲しいらしいので(笑)良かったよかった。

 
 http://kjc2008.jp/work/

 作品は↑の「佳作」のコーナーにあります。「みちしるべ」というやつです。

 
 映像作品もそうですが、こういう意図のある写真等のコンテストでは、審査員の意図と波長があうかどうかで大きく変わってきます(^^

 ぴったり合うか外れるかで、評価が変わるのですが、大切なのはやっぱり「普遍性」ですね。アーティスティックな部分がどのベクトルに向いていても、万人に届くべき部分がないと、それは前衛的になりすぎてしまいます。

 私達がかかわっている音楽についても結局そうで、どんなに新しい音楽や音色を作り出しても、結局は「C・F・G」なコード展開の曲がウケるというか、誰にでも理解でき、誰にでも歌えるというか、つまりは普遍的なメロディが音楽の歴史のなかでよい結果を残すわけです。

 アートは非日常だからこそアートなんだけれども、アートが日常からかけ離れてしまえば、それは作者の内部で完結した世界になってしまう。難しいところです(^^;


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