2008年3月28日金曜日

【三線ism】 リサイクル リサイタル 「シャミレレtype-R」





 さてみなさんこんにちは

 すっかり新作シャミレレに魅了されている左大文字ですが、実はプロトタイプ以外の新しいデザインのやつはこの世にまだ1棹しかありません。それをさっそく北海道に送ってしまったので、早く自分用のを作らなくてはならない次第です。

 そのシャミレレですが、通常品はチープなくせに高級な「檜(ひのき)造り」です(笑)
 前にも書きましたが、市場からラワン材が消えてしまったので、その代替として杉とか松とかひのきとかがホームセンターに溢れているのですが、その中ではいちおう檜を選択しているわけです。

 ひのき三味線というのを木曾地方でやっていらっしゃる方もいるのですが、うちのシャミレレも基本は「ひのき仕様」でいこうかな?と。

(しかし、材料は数棹分仕入れているのに、現物はまだありません)

 

 さて、今回のお話は材料関係で。

 実は、チープで高級な檜シャミレレもいいのですが、最近こだわって製作しているのが


「廃材シャミレレ」


という一品です。

 これは、仕事の関係で拾い集められる「建築系木材の廃材」とか「資材のクッションなどに使われる廃材」とかを利用して作ったシャミレレのことです。
 リユーズでリサイクルなシャミレレなので、称して

『type-R(リサイクル)』

なのですが、ようは、捨てられそうになっているかわいそうな材料を活用してシャミレレを作ろうという試みなのです。

 写真は、すでにとりおきしてある廃材たち。ここから、シャミレレtype-Rが生み出されます。

 三味線や三線は、棹が長かったりそこそこの張力がかかるので、ある程度いい材料を選びたいところですが、シャミレレは棹も短く、かかる力も弱いのでできるだけチープに作りたいというのが理想です。

 もちろん、廃材の場合は質がピンキリなので、張り合わせや組み合わせ、市販材との合体など、いろんなテクを駆使して一定の性能を出せるよう工夫しています。

(しかし、価格的には微妙なところがありますね。たしかに、材料がタダになるパーツがあるわけですが、規格材と同じ形に揃えたり、整形しなおすのに手間が数倍かかります。手間賃を考えると、値段そのものはあまり変わらなくなるでしょう)


 というわけで、そろそろtype-Rの初号機が出来そうですので、完成したら写真をアップします。

(でもきっと、見た目はほとんど通常品と差がないと思います。よく見ると木の地肌がグラインダーで削られていたり、2枚の板を張り合わせていたりするものがありますが)


 このアイデア、解体した建物から取った廃材でウクレレを作る、という活動をされている人の発想に共感して生まれました。思い出の建物(学校とか家とか)が楽器に変わるというのは、とてもノスタルジックでファンタジックな感じがします。

 シャミレレではそこまで味わい深くなくても、捨てられたり燃やされたりしそうになっていた廃材くんたちがどんな音を奏でてくれるか、というコンセプトでやっています。

2008年3月26日水曜日

【三線ism】 壮大な夢!



 さてみなさんこんにちは

 新しいシャミレレが出来て、弦を長唄弦にしたことで、かねてからの懸案だった相対コードと絶対コードの問題が一定の解決をしたので喜んでいる左大文字です。

 どういうことかというと。

 テキストではごちゃごちゃと解説しているのですが、三線ベースでコード弾きをするとどうしても「F・C・A#」ベースのコード体系になってしまいます。

 三線も三味線も基本がCFC調弦なので、コードにするとたぶん「F・C・A#」がベースなんだろうな、仕方ないなとずっと思っていました。それが証拠に、BIGINの「涙そうそう」も「島人ぬ宝」もぜんぶギターコードは「F・C・A#」進行になってます。

 でも、やっぱり「C・G・F」ベースにもっていきたいなあ、ということで、シャミレレはチューニングを上げてみたのですが、三線弦ではEAE調弦ぐらいが限界なのです(涙)

 音を上げると弦の張りがきつくなって、つまりテンションがきつくなるので、押さえづらくなります。かったいかったい弦を押さえながら演奏するのは、嫌なので、三線弦は諦めました。そこで長唄三味線弦を使うと、うまくGCGで調弦ができることがわかり、ようやく「C・G・F」ベースにもってゆくことができたわけです!

 これで、シャミレレではギターやウクレレと同じくC調で演奏できるようになりました。一件落着(^^)



 さて、そんなこんなで、今回はわたしの「夢」について語りたいと思います。

 夢、というよりも、三味線に関する私の哲学かもしれませんね。

 そもそも「なぜ、三味線・三線コード弾き」を追求するのか?!

 これまでも、いろんな形でこのブログにも書いたり、いろんな人に語ったりはしてきましたが、そこには壮大な夢があります。

 それは、一説では1562年に堺に三線が入ってきて、それから三味線が発展したという話もありますが、今年で446年経ってるわけです。約500年くらい(笑)

 この500年間、三味線の壮大な歴史の中で、誰もやらなかったのが完全コード弾きなんです。というより、発明されなかったのが、完全コード弾きでの演奏体系なのです。

 部分的に和音を使ったり、複数弦をうまく利用して演奏する場合は多々ありますが、「完全」コード弾きはどこにもありません。それが、ようやくここにきて、いろんな演奏家がコードを利用して演奏するようになったというのは、500年もの歴史への挑戦でもあるわけです(^^


 「形あるもの必ず滅す」という言葉がありますが、


  『形なきものならば、永遠』


かもしれません。つまり、文化になってしまえば、永遠に受け継がれるかもしれないわけです。500年後の未来にまで、新しい三味線楽器の演奏法(文化)を残せたら、これはすっごく面白いことじゃないでしょうか?!

 いま、私やあなたがやっていることが、500年後の未来に残るかもしれない。500年前の誰かが始めた三味線の演奏を私たちは受け継いでいます。今度は、私たちの始めた演奏法が誰かに受け継がれるかもしれません。

 私の人生は、せいぜいあと50年ほどですが、私たちの文化は500年残る可能性を秘めていると思うと、わくわくしませんか?

 500年残る建物は、なかなか建てられません。500年残る商品はなかなか生み出せません。でも、500年残る文化は、なんとなく生み出せそうじゃないですか?

 八つ橋検校のように、名前まで残したいとか、そういうものじゃなくて。今から、ここから三味線コード弾きが未来の歴史に向かってスタートしたら面白いじゃないですか!

 三味線を通して、壮大な歴史に挑戦すること。これが私の今の夢なのです!

2008年3月23日日曜日

【三線ism】 新作シャミレレ 標準タイプ



さてみなさんこんにちは

 近々、北海道へお嫁に行く新作シャミレレが完成しましたのでアップしておきます。

 このモデルは簡易版がベースなのですが、ちょっとデザインに手を加えました。いじったところはホンの少しなのですが、全体のバランスがずいぶんとよくなったので、手作り三味線講座の際も、このスタイルを標準にしようかな、と思っています。

 今回は北海道行きということで、棹材がポプラです(笑)
 そのため、全体を白っぽい木でまとめてみました(複数の木材を使ってはいますが)

 ポプラ・ファルカタ・杉・シナ・ラミンなどを使ってます(^^

 軽い木材が中心なので、軽やかな音がしますよ~。

2008年3月20日木曜日

【三線ism】 シャミレレづくり



 さてみなさんこんにちは

 ちょっと更新の間があいたので近況報告です。


①手作り三味線講座の準備

 着々と準備中です。施設の方には、だいたいの予算とか簡単なテキストのサンプル、講座を実際にやってみた場合のタイムテーブルなどをお渡しして、検討してもらってます。とりあえずは、施設側で一つ作ってみたいと問題点や課題が見えないので、今はプロトタイプの製作待ちです。

②新作シャミレレ

 手作り三味線講座実施とタイアップみたいな形で、シャミレレもしくは板張り三線の販売をできるかどうか計画中です。といっても、いまでも受注生産はやってるんですが、フリーマーケットみたいなところで見本を演奏しながら売ってみる、という企画を検討中です。

 楽器を売ることが目的なのではなくて、こんな楽器がありますよ、ということをPRするのが真の目的です。上の講座と同じ施設でフリマが開かれるので、「今度ここでこの楽器の講座もやりますよ~」というPRになれば、有機的にリンクするかな?

 というわけで、地元ならではのデザインを取り入れた新作(簡易版ですが)シャミレレを製作しています。うちの町ではこのタイプのシャミレレを定番にしようと思ってます~。

③京都へ行ってきました

 遠方に住んでいる友人に会いに、京都へ行ってきました。左大文字流の発祥の地ですね(笑)
しかしながら、左大文字山のほうには行かず、京都駅でご飯を食べたり、夜の八坂神社を散策したりしておりました。

 「いまこんなことやってんねん~」とシャミレレの話とかコード弾きの話をしたら興味をもってくれたのでよかったです。その友人はバイオリンをいま練習中なのですが、そういえばバイオリンにも一時期私もハマリましたなあ。


2008年3月9日日曜日

【三線ism】 手作り三味線講座スタート?!



さてみなさんこんにちは

 今日は、県のとある施設にて、三味線関係の打ち合わせをしてきました。そこは、木材加工とかもできる都市公園なのですが、県産の木材をつかってDIYとか木工とかを市民も交えてやっていこう!みたいなコンセプトでオープンした施設です。

 今日は、管理事務所の所長さんとかなり深い打ち合わせをすることができました。テーマはもちろん、手作り三味線です!

 施設の裏山から切り出した杉やヒノキを使って、手作り三味線を作って、製作から演奏までの講座みたいなものができるかどうか、ということを設備面や費用面など、じっくり話し合ってきましたよ。

 具体的には4月以降からのスタートになりそうですが、私左大文字が製作指導・演奏しながら楽器づくりをしようという講座が実現しそうです!

 とりあえず、図面を改めて起こして、施設のスタッフで試作してみるとのことでした。その上で「この作業はスタッフで事前にやっとこう!」とか研究してみることになります。

 あとは、コストがどれくらいかかるか試算する必要もあります。

 手作り三味線講座は、前に住んでいたところでも2年くらいやったことがあるのですが、今回は「地場の木材を使って、地元の人に楽しんでもらう」というより地域密着型のコンセプトですので、すっごい楽しみです。

 詳細が決まり次第、またみなさんにもアナウンスいたします。

 会場となる施設は、JR駅から近いので、市民に限らず、近畿の人はアクセスしやすいのが魅力です。
(大阪駅からJRで1時間くらいかかる田舎ですが)

 ひとつ悩んでいるのは、三味線や三線寄りに講座内容を組み立てるか、いっそのこと「地域発信の新楽器!」みたいにシャミレレ寄りにするか、ということですねえ。

 これも設備的に作れる板材の問題とか、いろいろあるので、ゆっくり話し合いながら決めてゆきたいと思っています~。


2008年3月6日木曜日

【三線ism】 シャミレレと六角三線がお嫁にゆきました





さてみなさんこんにちは

 東京行きやら、雪やこんこやらの影響で完成が遅れていた「シャミレレ」と「六角三線」が福岡県へお嫁に行きました。無事到着との連絡をいただき、すこしばかりほっとしていたところです。

 今回のシャミレレは珍しく「赤」にしたのと、ふつうの三線とは大きく違うところがあります。

 もともと三線の形を踏襲したまま長さを短くしたのがシャミレレなんですが、前々から言っているように三線は乳袋が大きいので、開放弦のつぎに押さえられるポジションが1音離れてしまいます。そこで半音から押さえられるように、乳袋を本州の三味線と同じ小さめの形に改良しています。

 嫁ぎ先で活躍してくれることをこころより望んでいます(^^

 「単音で弾くと三線っぽくて、コードで弾くとウクレレっぽい」という感想をさっそく頂きましたので、これもご報告しておきましょう。

 まさしく、シャミレレの特徴は、「三線音楽も」「ウクレレ風音楽も」弾けるというオールマイティなところです!

 
 さて、六角三線。これはその形ゆえに不思議な演奏スタイルになるのがポイントです。まず、座って弾くと、胴に6角形の角度がついていますので、強制的に棹が体に対して45度になってしまいます。いいのか悪いのかわかりません(笑)

 そして、立って弾く場合に、三線と同じように抱え込んで持つと、六角の角度が絶妙にフィットします。なんとも不思議な演奏感です。
 ストラップの場合は、あまり関係ありません。

 特に、座っての演奏の際に、ギターみたいに寝かせた形で持つくせがついている人は、寝かせて持てないので面白いですよ。(腕が当たるので)

 この不思議な演奏感とアバンギャルドなデザインを味わいたい人は、ぜひ一度弾いてみてください。

 送料別¥3500で、作ります(^^





2008年3月2日日曜日

【三線ism】 三味線の謎・ナゾ ~三味線をめぐる不思議な事実~







 さてみなさんこんにちは

 今日はちょっと、面白いお話を書きます。ちょっと不思議なこの事実なのですが、これは何を意味するのでしょうか?

 わたしは邦楽理論の専門家ではないので、もしかしたらこの説は誤りかもしれませんが、みなさんも三線や三味線を手にとって考えてみてください(^^

 仮説、というのはこういうことです。

「特に古典的な日本の音階やメロディは、実は三味線という楽器と深いかかわりがあり、三味線という楽器の特性を元に、音階やメロディラインが発明されたのではないか?」

 たとえば、ギターの場合、ギターのチューニングやスケールを元にして楽曲が生み出されるということがあります。ピアノだからこそこの曲ができたとか、ギターだからこそこのメロディラインができたとか、そういうことが往々にしてあると思いますが、三味線においても、実は「三味線があったからこそ、こういうメロディラインができた」ということがあるのではないかと思うのです。

「メロディラインが先にあって、三味線でたまたまそのメロディを弾いた」と「三味線が先にあって、その楽器の特性に合わせて音階やメロディラインが創作された」という二つの考え方、どちらが真実はどうかわかりませんが、ちょっと考えるには面白いテーマですね。



 というのも、そもそも私がこんなことを考え始めたのは、沖縄の三線も本州の三味線も、おなじチューニングで演奏する、ということが不思議に思えたからです。

 三線の場合は「本調子」「二揚」「三下げ」、三味線は「本調子」「二上り」「三下り」、どちらもまったく同じチューニングです。

 沖縄音階と日本の音階は違うのに、おなじチューニングで演奏するということが何百年も続けられてきた、というのはちょっと変な感じがします。沖縄音階に合わせたチューニングや、日本音階に合わせたチューニングが「違って」いてもおかしくないはずなのに!


 さて、そんなところから本題ですが、4つの画像を挙げていますので見てください。4つの画像は左大文字風の半音ずつのフレットを三味線にふったものです。(本調子で、0が開放弦)

 「1のライン」から「4のライン」までありますが、たとえば「1のライン」は

『開放弦の音、1のフレット上の音、そして5のフレット上の音』のセットを表しています。青い丸がついている音はどちらも同じ音です。

 1から4まで音のセットはあるのですが、これはある種の音階になっています。

 ちょっと話がややこしそうですが、実際に三味線や三線を持っている人は、実際に弾いてみると面白いことがわかります。

「1のライン」で示した「開放弦・1のフレット上の音・5のフレット上の音」を下の音から順に弾いてみると、「地唄」などの順邦楽の音階になります。

「2のライン」で示した音を下から順に弾いてみると、「民謡」で使われる音階になります。

「3のライン」は「津軽民謡」音階になります。

そして、「4のライン」は「沖縄民謡」音階になるのです。

 これはどういう偶然なのかよくわかりません。でも、それぞれのラインのセットで、古代からの日本で使われているほとんどすべてのメロディラインや音階を網羅してしまっていることが不思議なのです。

 もしかしたら、古代人たちは、「1のライン」で作曲してみようとか「2のライン」で作曲してみようみたいなことを歴史的にやっていたのかもしれません。(1のラインが飽きられたので、次のラインに移行して、それが目新しくなった、とか)

 ちなみに、この「ライン」という考え方でいくと、西洋音階は「2・4のライン」になります。
つまり、開放弦と2のフレット、4のフレット、5のフレット上の音」ですね。

 こういう風にみてゆくと、ますます三味線と日本の音階の関係が、「三味線という楽器上」でギターのスケールみたいな形になってきて、面白いと思いませんか?




2008年3月1日土曜日

【三線ism】 三味線の哲学 三線の哲学 その2




 さてみなさんこんにちは

 哲学シリーズ第2弾ということで、今日は三味線寄りの話をひとつ。

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 昨日某ラジオを仕事で車を運転しながら聞いていると、おそらくラジオ界でもめったにかかったことがないと思われる名盤(迷盤?)を放送していたのに出くわした。

 もうレコードでしか存在しない「寺内タケシVS三橋美智也 津軽じょんがら節/黒い瞳」というシングルなのだが、これがものすごく面白い一枚なのである。

<参考>http://dribox.g-serve.net/kayopop/GS/Bunnys/Bunnys.htm

 なんでも、エレキの神様寺内タケシと津軽じょんがらを広めたといってもいい三橋美智也がセッションするというモノで、ほとんど打ち合わせなしに一発録りしたというのだから、面白くないわけがない。

 もちろん、ご両人はその前後に、ステージでなんどか共演・セッションを重ねていたそうなので、スタジオ録音であってもそれなりに呼吸を合わせることはたやすいことだったのだろうが、この企画そのものも、なんだか今、左大文字流で議論していることにつながるような気がして、思わず聞き入ってしまった。

 演奏は、それぞれのそれぞれらしいフレーズを中心にしたセッションで、たとえばエレキでじょんがらっぽいフレーズを弾くと掛け合いで三味線が入る、またエレキが入って三味線が・・・みたいな、基本ラインを統一しつつもそれぞれの楽器が主張しまくるというパワフルなものだった。

 ラジオではA面もB面もかけてくれたのだが、つまり、A面の「津軽じょんがら節」では三味線の世界にギターが合わせるアプローチ、B面の「黒い瞳(ロシア民謡)」ではギターの世界に三味線が合わせるというアプローチになっているのである。

 このセッションを聴いていろんなことを感じたのでまとめてみよう。

 まず、この盤が録音されたのが、1967年だということへの驚きである!私は1974年生まれなので、わたしが生まれるはるか前から、三味線をロックしてみるような試みが実際にやられていたということなのである。吾妻さんやら吉田兄弟がメジャーになった今だと、ロックな三味線なんて「また誰かがやってるわ」みたいな感じで当たり前なのだが、昭和43年となるとその先進性には感服してしまう。

 しかし、逆に分析してみると、今どれだけロックでポピュラーな三味線がブームになったとしても、「あれ?音楽性でいうと、この寺内・三橋のレコードからあまり進化してないぞ?」ということにも気付くのである。三橋さんも吾妻さんも吉田Brosも、よく聴いているとロックな基本ラインの上であくまでも「津軽っぽいフレーズ」を中心に楽曲を構成しているわけなのである。

 もちろん、三橋さんの場合は、よく聴けば弾いているのは「津軽三味線のフレーズそのもの」である。マイナーコードのベースラインに合わせて、いつものように三味線を弾けばそれらしい楽曲が構成される。それから言えば、吾妻さんも吉田Brosも、現代らしくいろんな改変を加えているが、その本質において「三橋三味線ロック」を超えていないのではないか?まだ、その域を脱してはいないのではないか?とつい思ってしまうわけなのだ。

 世に三味線でロックする人は多々いるが、その人たちはまだ「ベベベンベンベンベン」と聴こえる演奏にどうしても縛られているのではないか。それじゃあ、もったいないだろう!

「ベベベンベンベンベン」は三味線の本道だが、私は「ジャンジャーンジャカジャカ」と聴こえる三味線も弾きたいし、「ポロロンポロン」と聴こえる演奏もしたいのだ。

 今年は2008年、エレキギターにとっての大先輩寺内タケシ氏と三味線の大先輩三橋美智也氏がやろうとした最初の試みから40年が過ぎようとしている。
 その40年で、ギターはどうだ?どうなった?・・・これは先人の編み出した技法を受け継ぎ大いに発展したし広がったように思う。
 では、三味線はどうだ?どうなった?・・・ギターと同じように、大きな発展をぜひとも遂げさせたいと心から願う。40年エレキの進歩には遅れてきたけれど、いまこそ追いつき、追い越せそうな気がするのだが、ちがうかな?(笑)