ラベル 三弦 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 三弦 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024年1月22日月曜日

【連載】 謎の楽器「ごったん」ミステリーに挑む20 謎はベトナムにあり?! 三線との接点は?

 

 毎度おなじみゴッタンの謎に挑む連載の続きです。


 これまで


 ■ ゴッタンは「ベトナム語 ゴー(板・木材)+ダン(弾)」ではないか?


ということで謎を解く鍵はベトナムにあるのではないか?と考えていましたが、少しそれを裏付けるような話が出てきました。


 飯田さんという方がまとめている内容がとてもわかりやすいのですが、


http://www.yo.rim.or.jp/~kosyuuan/kosyuan/iida/iida18.htm


「琉球音楽史略 山内盛彬」のまとめとして


■ 日本形と琉球の御座楽の三絃は共に中国(支那)系統

■ 琉球の民間形三絃は公式輸入より古く、安南シャム辺りの輸人

■ 蛇皮は福州を経て来るが安南産である

■ 黒檀の用材も安南と同じく棹が短いのは輸入後の改良

■ 三絃は中国では合奏楽器であるが南方と琉球では独奏にも使う。


という点を挙げておられます。


 この安南というのがベトナム北部から中部を示すエリアで、唐の時代の「安南都護府」に由来すると言うのです。


 やはり蛇皮や黒檀を使うあたりが、沖縄三線と中国三弦の源流としてベトナム方面を想定するのは自然な流れのようです。


 山内さんは「棹が短くなったのは輸入後の改良」と考えておられますが、当方でもまったく合意します。


 もう一つ興味深いのは、1720年に琉球へ行った中国人(冊封副子徐葆光)が


「三絃柄北中国短三寸余」(中山伝信録)


と書き残していることで、これをそのまま読めば、中国三弦より沖縄三線の棹は3寸(約9〜10センチ)短い、としていることになります。


この記述について宮城栄昌さんは「琉球使者の江戸上り」において、中国三弦を「三尺位」系統と想定して、それより3寸短いと考えています。


(そうすると2尺7寸程度になるでしょう)


 また田辺尚雄さんによると(「三味線楽起源と伝来」)


「赤犬子が普及に携わった点と、”琉球人は正座する為に腰かけて奏する支郡の三絃の棹を3寸程短くし、自国風に消化した点」


について言及しているようです。いずれにしても三線の棹が短くなったのは、沖縄にやってきたから、ということが興味深いわけですね。


========


 そうすると棹の長さを勘案して、本州の三味線は、沖縄を経由したかもしれないけれど、やってきたのは基本的には「中国三弦」であったと推測してよいと思います。


 短くなった「沖縄三線」が本州へ行ったわけではなく、「3尺くらいの長い蛇皮三弦」が、琉球にも来たし、本州へも行ったと考えるのが自然と思われます。


 つまり、沖縄三線は、「本州三味線の先祖」ではなく、中国三弦という親から同時に分かれた「きょうだい」だということです。



2024年1月8日月曜日

南方系三弦と北方系三弦の違い 〜動画でさぐる沖縄三線のルーツ〜

 

 さてみなさんこんにちは。


 沖縄三線の棹がなぜ短いのか


という謎から発展したこのシリーズ。


 結論から言えば「明清楽」で使われる中国三弦には「カポ」が使われていて、弾き方が指固定であった!ということなのですが、情報化された世界においては、動画でその様子を探ることができます。


 考え方としては


■ 北方の三弦は、幅広いポジションで弾く 指固定でなく本州三味線式

■ 南方の三弦は、指固定で弾く。沖縄三線式


ということになります。この地域性と明清楽での弾き方の関連はまだよくわかりません。


中国民族器乐 【三弦】 赵承伟演奏


Sanxian - Everlasting Joy 万年欢


Chinese Folk Song on Sanxian 中国民间音乐 三弦




 (北方系と推定。いずれも、ローポジションからハイポジションまで移動しながら弾いている。三弦の中でも大三弦が用いられているように思われる。トレモロ多め)


天官賜福_三弦 文龍師


(大三弦での指固定奏法)



白族民间乐曲 三弦《大理坝子好风景》 中国音乐地图 听见云南


(雲南省白族 北方系の弾き方をしているように感じる。指は移動し、かつトレモロが多い)




(かなり興味深い映像。大三弦ながら いわゆるジャンカジャンカ系 の演奏しかしていない。六調系の原型かもしれない)


大理白族大本曲三絃演奏


(雲南白族の三弦 指移動 カポなし ジャンカ系)




(雲南白族 龍頭三弦 頭から飛び出した飾りが月琴の響き線の源流かもと言われているが。指移動がある。ジャンカ系が混じる この龍頭三弦は明らかに小さく、沖縄三弦にも近い寸法)



三弦試琴 林宗範



【林宗範牽亡歌示範】東營 │東營兵、東營將、東營兵馬九千九萬兵



(台湾 林宗範氏の演奏 指固定で三弦を弾いている。下のほうの楽器は現代ものと思われ、日本の三味線のコピーであろう)



台灣三弦琴


(こちらも台湾 カポがついていることがわかる。棹は長いが、指固定で弾いており、かつ上駒から離れて弾いているので、実際の音程は沖縄三線に近い位置になっている)


台灣三弦琴與二胡


(この映像良き。中〜小三弦くらいの寸法のものに、カポがついて、指固定で弾いている。台湾は「小琉球」なので、この弾き方が沖縄と近似であっても全く不思議ではない)



手工三弦的音色~張老師


(タイトルが「手作り三弦」なので、実態はよくわからないが、板張りで指固定)


LAÚD DAN TAM A8


(ベトナム ダン・タムなのにカポなしで、かつ指移動で弾いている。なんでやねん笑)



(ダン・タム カポ有り、指は半固定というかローポジションだが、ちょっとだけ移動がある。ハイポジは無し。トレモロあり)


LIÊN KHÚC ĐÀN TAM


(ベトナム ダン・タム トレモロあり。 カポ有り 指固定。親指の立て方が沖縄三線ぽい。ほんのわずかに指移動が見られるが、基本は固定だろう)


HỀ MỒI. LUYỆN TẬP ĐÀN TAM


(ダン・タムの奏法がわかりやすい映像。カポ有りで、実際の弦長はまさに沖縄三線くらいとわかる。指使いも三線速弾きにかなり似ている。トレモロがあるのが中国風っぽい笑)


Đàn Tam


(カポあり。指はけっこう移動する。トレモロもある。ダン・タムの奏法として指移動系と指固定系があるのかもしれない)


========


<考察>


文化や音楽は交流し、混じりあうので「絶対にこうだ」ということはなかなか言い切れないが、動画をある程度まとまりで見てゆくと大まかな傾向はわかってくる。


■ 北方系大三弦は、指の移動があり、トレモロが多く、楽器の棹長を十分生かして演奏している。


■ 雲南省白族の三弦は「ジャンカジャンカ」系の演奏がある。舞踏の伴奏として弾くので、旋律よりリズムが重視されたからだろう。これらの音楽が南九州の六調系「ジャンカジャンカ」のルーツと推定できるかもしれない。


■ ベトナムのダン・タムは中国の様式も混ざっているが「指固定」「カポあり」という傾向が見て取れる。音楽的にはトレモロが多かったり、中国の影響も多分にある。


■ 台湾の三弦は「指固定」「カポあり」で、沖縄三線と非常に近い。沖縄で三線が短くなる前の姿を多分に残していると思われる。さすがは大琉球(沖縄)&小琉球(台湾)。




2024年1月7日日曜日

沖縄三線の棹はなぜ短いのか。その謎を解く

 


 さてみなさんこんにちは。


 最近の当ブログの記事は、「ゴッタン」関係が多く、今回はそのスピンオフのような感じで「沖縄三線」についてすこし発見したことをまとめようと思います。


 いやいや、もともとが三味線や三線ブログで、ゴッタンのほうがスピンオフでは?というツッコミは無しで(笑)


 実はゴッタンのルーツをずっと探っていて、中国の楽器、東南アジアの楽器などをしらみつぶしに当たっているので、その関係で当然「中国三弦」や「沖縄三線」との比較をしたり、関係を推定するような作業をずっと行っています。


 そうした作業の途中で、「沖縄三線」の棹が短い理由がはっきり見つかったので、その報告となるわけです。


 はてさて、本州の三味線は全長が約100センチ程度(正寸3尺2寸)、それに対して沖縄の三線は全長が78センチ程度と極端に短いのが特徴です。


 そして、それらの原型である中国三弦の長さも、基本的には「長い」のがポイントです。

 現代中国では「大三弦」「中三弦」「小三弦」という3パターンくらいのサイズがありますが、


■ 大三弦 全長120センチ

■ 中三弦 ↑↓の中間程度

■ 小三弦 全長90センチから95センチ


 という関係性です。


 中三弦は後代に出来た、というかバリエーションが増える中でそういう分類になったともされているので、「北方の三弦琴、三弦子はデカい」「南方の三弦琴、三弦子はちっちゃい」というのがベースになるでしょう。


 ちなみに、三弦はベトナムにも広がっており、ベトナム三弦「ダン・タム」は、全長90センチ程度とのことです。つまり、南方の楽器ですね。

https://saisaibatake.ame-zaiku.com/gakki/gakki_jiten_dantam.html


 補足して、「ダン・ダイ」というロングネックの板三弦があるのですが、こちらは、ハイポジションにしかフレットがありません。つまり、そこだけを弾く楽器のようです。


https://saisaibatake.ame-zaiku.com/gakki/gakki_jiten_dandai.html

 ダン・ダイはかなり全長が長く、「ダイ」が長いという意味だそうですが、(南方のベトナムの楽器ではあるけれど)ハイポジション専用楽器として進化したのかもしれません。


 さて、本筋に戻りますが、中国三弦琴にしてもベトナム系にしても、基本的には一般に90センチくらいの長さ、というのがこの楽器の特徴だといえますが、それと比較すると沖縄三線の76センチというのは


「めちゃくちゃ短い」


のが特徴ということになります。


 おなじ源流を持つ本州三味線が100センチに拡大していることを考えれば、大三弦ほどではないにしろ90センチから100センチくらいがこの三弦子の基本形と言えそうですが、なぜ沖縄三線だけが短いのか、ということは


大きな謎


と言えるかもしれません。


 以前に検証した私の記事にもありますが


https://note.com/sanshin_ism/n/n8c0483eb5e94


 琉球王朝時代の尺がもう少し短ければ、もしかすると三線は75センチくらいだったかもしれず、それだと8割程度に「小さい」ことになります。


==========


 以下はざっくりとした考え方ですが、基本は尺貫法で計算されるので、現代日本風に考えると

■ 日本 1尺=30.3センチ 1寸=3.03センチ


であり、本州三味線は3尺2寸、琉球三線は2尺5寸、小三弦は3尺と仮にみなすことができるでしょう。


 余談ながら


■ 中国(唐) 1尺=29.6センチ程度(正倉院品より平均)

■ 中国(清滅亡後の造営尺・メートル法にちかづけた) 1尺=32センチ

■ 中国(現在)1尺=1/3m=33.3センチ


らしいので、メートル法と出会った時代のものは別としても、古代中国の尺は約30センチと考えてよさそうです。

 その意味では、日本の尺貫法は意外と古代中国尺を律儀に守っているほうだと思われます(苦笑)


========


 さて、尺貫法のことは別にしても、沖縄三線が「意図的に、明らかに」小さくなっているのはなぜなのでしょう。これは楽器のバリエーションとか数値的誤差を飛び越えて「確実に短い」と言えます。


 長年、その明確な答えは見つからなかったのですが、今回とある文献資料を通じて、謎が全て解けました!!


 画像は「明清楽之栞」という明治27年に発行された文書です。



 明清楽というのは中国の音楽で、江戸時代から明治にかけて日本でも大流行したのですが、日清戦争で清が敵国になった関係で急速に廃れていったものです。


 その明清楽では、月琴やら阮咸やら、いわゆる中国楽器が山ほど使われるのですが、当然三弦子も登場します。それを解説した部分ですね。



 この2枚の画像をみると、沖縄三線が短い理由がしっかり載っています。


 それは、まず、本来の三弦はおそらく弦の全長を使って弾くのだろうけれど、「明清楽」の音楽との関係では、カポタストを装着して弾いていたことが描かれているのです。


 「竿の上部に微枕あり その所に手指をあてるなり」


とあります。つまり、本来の上駒から離れたところに、「微枕」=カポ をつけているらしいのです。当然弦長はそこから下に向かってしか作用しません。


 二枚目の画像にも、興味深いことが描かれています。


 ■ 微枕から2寸くらいのところからポジションがはじまる。

 ■ そこから「人差し指」「中指」「紅指」「小指」の使用が確定される。


 この弾き方は、沖縄三線との繋がりをイメージさせます。沖縄でも、指は固定で、薬指は使わないものの、ポジションとの関係はこの明清楽の図とほぼおなじです。


 調弦は二上がり指定。このあたりの音符の関係はもっと精査する必要がありますが、沖縄音階がレラ抜き音階なので、その関係で薬指は使わない可能性もあります。


 だとすれば明清楽のポジションと同一の可能性もあるわけですね。


========


 では、このことを沖縄サイドから見るとどうでしょう。


 工工四を発明したのは屋嘉比 朝寄(やかび ちょうき 1716年 - 1775年)で、当時の中国で使われていた工尺譜、唐伝日本十三弦箏譜、潮州の二四譜、 明清楽譜などの記譜法を参考に、足りないものを補って考案したと言われます。


 当然、明清楽の影響を受けており、工尺譜をベースにしているので、画像でもわかるとおり、ポジションや楽譜の書き方は共通点が多いわけですね。


 琉球の古典音楽(とくに宮廷音楽)」では、ふつうに中国の楽器が入ってきていますから、そこから沖縄三線が独自進化をしてゆく中で、


「どうせカポをつけるなら、そこから上は不要じゃね?」


という発想になるのは、ごくごく自然なことでしょう。


 図を見ると、となりに描かれている阮咸では「ハイポジションまでびっしり勘所がある」のがわかると思います。なので、おなじような棹長さの楽器でも、こちらの阮咸は「指固定ではなく、どこまでも指をずらして弾いてOK」ということが判明します。


 明清楽では、「ハイポジまで弾くのは阮咸」「指固定で弾くのは三弦」という棲み分けがあったのでしょう。


 その影響を多分に受けているのが沖縄三線であり、それを現代でも「守っている」のが「工工四」の記載法であり、三線の演奏法、ということになるのでしょう。


 そこで、結論です。


 おそらく三線の原型は、中国三弦そのものですから棹が長かったと思います。


 そして、初期には棹が長いままで弾いていたことでしょう。


 しかし、途中で、三線は合理的に棹を短くしました。長い部分をどうせ使わない譜面であり、演奏法だったからです。


 それは三弦に特徴的だった「指固定の演奏法」が根本的な理由だったと思われます。


 今後の検討事項としては、三弦琴、三弦子が、「どの時代のどのジャンルにおいて指固定法だったのか」ということの分析が必要かもしれません。明清楽ではそうだった、ということがわかりましたが、それ以前の音楽や、三弦を使う別のジャンルの中国古典音楽でもそうなのか、というあたりがわからないからです。


(基礎知識として阮咸系の楽器が古く、三弦系の楽器は比較的新しいということもあります。また蛇皮を使うことからもわかるように、阮咸系が北方系で、三弦系は南方系という要素もあります)


 今後の研究が進むと、たいへんおもしろいですね。


========


追記


https://www.colare.jp/classic/695/


 この方の記事はとても参考になります。ベトナムの三弦についてホーチミンのものも、ハノイのものも「カポ」が実際についていることがわかります。


https://www.vietnam-sketch.com/archive/special/monthly/2004/11/003.html


 こちらの画像もよく見るとカポがついています。


 三弦が長いまま使われる地方と音楽ジャンル、短くして使う地方と音楽ジャンルが存在する、ということです。


(おしまい)