2022年6月30日木曜日

【楽しいインク沼006】 iron gall inkの2形態と、『濃茶鉄インク』 

  さてみなさんこんにちは

 

 古典インク、手作りインクにハマり出すと本当にキリがないのですが、とりあえず中世からある「古典インク」づくりに一定のメドがつくまでは、続けます。

 

  中世ヨーロッパでは羊皮紙や古くはパピルスなどに書いたインクがあり、「没食子インク」と呼ばれています。

 これらは木にできた虫こぶからタンニン酸や没食子酸を取り出して、鉄と結合させたもので、化学式的には


硫酸鉄(II)(FeSO4) + 没食子酸(C6H2(OH)3COOH)

 

とのこと。 考え方としては、ブナの木の虫こぶが「Oak gall」なので、gall ink と呼ばれるわけ。

 

 個人的には、中世ヨーロッパなのでオークの木が用いられたけれど、アジアな日本人としてはこれまた古来からある「茶の木」や「柿渋」由来で作ってもいいんじゃね?とは思うけれど、化学式的にはそうは問屋が卸さないからややこしい。

 

 中世ヨーロッパ人は「木の虫こぶ」をたまたま利用したからgall inkなんじゃろ?と言いたいんだけれど実はそうでもないのです。

 

  というのも、平たく簡単に言えば、化学式的には


「タンニン酸とは、没食子酸がいろいろいっぱいくっついたもの」

 

と言えるので、 やっぱり純粋さを極めてゆくと「没食子酸」と言わざるを得ないのです。化学式的にも「没食子酸」が主張しているので、けして

 

「柿渋酸鉄」「茶渋酸鉄」

 

ではないところがミソ。だから、中世インクをつくろうとすると、原点に立ち返って「没食子で作る」というのが、ひとつの源流になってしまうわけですな。

 

(タンニン酸は分子が大きく、没食子酸が遊離するほど、濃いインクになるとか)

 

 

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 しかし、まあ、そんなこんなで現在では「タンニン酸や没食子酸と鉄イオンのインク」を古典インクと呼ぶわけですが、 厳密にはこれらの古典インクには


 2つの形態


があり、それを理解しておかないと、いろいろな資料やサイトを読んでも、ハテナがいっぱいになることに気付きました。


 国内の文献でも、海外の文献や動画でも、iron gal link は2つを混同して紹介してあることが多く、よけいに混乱の元になっています。


 とはいえ、2つの形態は非常に関係性が近く、ごっちゃになっても仕方ない部分があります。実際のリアルなインクでも、実は

 

分子的には、2つの状態を平衡推移しながら化学反応が起こっている

 

と言えるので、 目の前のインクの内部で「2つの事件が起きている」と言い換えてもいいでしょう。


 そこで、今回はわかりやすくするために


◆ 先発型鉄(古典)インク

◆ 後発型鉄(古典)インク

 

と仮に名づけて話をしたいと思います。

 

 タンニン酸であれ没食子酸であれ、鉄と結びつくと「二価鉄」と「三価鉄」の2つのイオンを生成します。これらは水溶液中に、どちらかの形で浮かんでいます。

 

 ところが二価鉄は水溶性で、三価鉄は不溶性です。なので、水溶液中では、「二価鉄イオン」と、「三価鉄沈殿」がダブルで存在することになります。

 

 海外の動画や文献で多い中世インクの再現では、「不溶性の三価鉄沈殿」でぎっしりになった水溶液を iron gall inkの再現と称していることが多いです。

 この水溶液中には、もちろん二価鉄イオンも含まれているので、文字として書いて酸化すると、それらのイオンも表に出てきて色を発色します。

 

 なので、このインクには両方の素質があるのだけれど、先に三価鉄が析出して黒を発色しているので「先発型」と呼ぶことができます。

 

  この場合、不溶性の三価鉄を安定してコロイド溶液状態にしているのは添加された「アラビアガム」の力だと思います。親水基と疎水基を両方持ったアラビアガムの力で、沈殿のみが分離してしまわないようにギリギリまで頑張っているからです。

 

 この先発型インクを「古典インクの中でも、前期型」だとすれば、後発型インクは、それより少し後に発明された「後期型」とでも言えるかもしれません。

 

 三価鉄が沈殿してしまうことが「難点・問題」だったとすれば、酸を加えることで鉄は、よりイオン状態でいることができ、 二価鉄状態のほうを増やすことが可能になりました。


 この「酸入り古典インク」は、万年筆などを詰まらせる沈殿、ツブツブの発生を抑えます。アラビアガムが、「ツブツブが沈殿になって下に落ちてくるのを抑える」感じだとすれば酸は、「ツブツブが現れないように、溶かしたままにする」感じですね。


 酸入り、後発型インクは、三価鉄が表に出てくるのは紙の上に乗ってからです。そのため、原理的には水溶液の状態では「透明」であってもかまいません。

 文字を書けば三価鉄が現れて発色するからです。


 でも、現実的には、透明液で文字を書くのは難しいため、近代では「別の染料」があらかじめ加えられています。

 ブルーブラックインクが「最初はブルーで、のちにブラックになる」のはこのためです。



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 さあて、難しいお勉強はこれくらいにして、今回もお茶を淹れましょう。結構なお手前のコーナーです。


 『濃茶鉄インク』とも呼ぶべき左大文字の処方ですが、没食子酸方面に行くのは負けな気がするので、あくまでも「アジアン・タンニン」を追求しましょう。

 

 そこで今回は、「さらに濃茶にするとどうなるのか」という実験です。茶葉を2回抽出しましょう。

 

 原理的には5回くらいまでやって「五倍茶鉄インク」を自称します。五倍子じゃないよ。

 


 

 いつもよりよけいに濃くしております。

スチールウールで、まっくろくろすけに。

 


  しかし、お茶を倍に濃くしてみても、線の黒さはあまり変わりません。

 


  乾燥後も昨日と似たような感じ。

 

結論 お茶を倍に濃くしてもあまりかわらん。

 

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 しかし、昨日との比較ではいろいろ新しいことがわかりました。


1)昨日、濃茶で淹れたインクは、分離していた。

 昨日作った濃いインクですが、今日は沈殿が成長してしまい、析出が進んでしまいました。

 同時にPVAを3分の1くらいぶちこんだほうは、比較的安定。アラビアガム強し。

 


  乾燥後はもっとひどいことに。これじゃあ、使い物になりませんね。やっぱり、アラビアガム大事です。

 

2)PVAはアラビックヤマトから洗濯のりへ

 

 PVAは洗濯のりでもOKです。ただ、水分はこちらのほうが多いようで、かなりとろり感がうすいです。粘度そのものは水のりのほうが濃い感じ。


 3) 酸の追加は「クエン酸」をほんのわずかに

 

 先発型を作って、そこから「後発型鉄(古典)インク」に変化させるのですが、塩酸も硫酸も使わずに「クエン酸」をほんのわずかパラパラ入れるだけで大丈夫かもしれません。

 ようするにすでに三価鉄になっているやつを再び溶かしてやればいいだけなので。



 クエン酸を加えると「薄茶色」「わずかに緑がかったモスグリーン灰色」に変わります。

 どんどん酸を加えると透明になってゆくのですが、そこまでしなくてもよさそう。

 

 後発型鉄インクのベースにするには、これくらいの状態でよいのではないか?と思います。

 これに、筆記時用の染料を加えたら、自家製ブルーブラックができてしまうと思います。

(ちょっとお茶成分の沈殿なども見えるようになってきたので、ろ過したほうがいいかも)




 

  

 



 

 

 





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