さてみなさんこんにちは。
昨日は、「デカンショ節」とそれをとりまく環境が「日本遺産」に選ばれたことから
デカンショ節を弾ける!楽しめる楽器づくり!
についての考察を始める宣言をしたところです。
おさらいですが、デカンショ節というのは、通常三味線で伴奏が演奏され、太鼓や笛などのお囃子がついて歌い手さんをサポートする形になっています。
しかし、まあそこはバンド形式でなくても、「歌と伴奏楽器」があれば、それらしく民謡を楽しめるのではないかなーと思うわけで。
となると、当ブログのファンのみなさまだと真っ先に思い浮かべるのは
「沖縄民謡と沖縄三線との関係性のように、たとえばデカンショ節と三味線がリンクして流行したら面白いのになあ」
ということかもしれません。
まさに、先行事例としても、ビジネスモデルとしても、沖縄三線の魅力とその発展・伝播は捨てがたいものがありますね。
しかし、それをそのまま持ち込んでも、通常の三味線はやはり
「値段が高く、かつ取り扱いが難しい。演奏もすぐには上達しない」
という問題点があります。沖縄三線においては、サイズが少し小さかったり、価格が全体的に安かったり、自学のための教材などがたくさん出ていたりして、利便性が高いので、まったく同じように
「柳の下のどじょう」
をねらうわけにはいかないのです(笑)
==========
さて、デカンショ節といえば、そもそも「シャミレレ」という板張り三味線(三線サイズ・ウクレレサイズ)を開発したのは、
もっと手軽に三味線が弾けたらいいのになあ
ということでした。メンテナンス的にも、価格的にも。
そういうイメージで、7年ちかく「手作り三味線講座」も実施しましたが、実際に現場で感じることは、やはり
「糸巻きの取り扱いが難しい」
とか
「弦が3本あると、習得の難易度が上がる」
ということでした。
なので、子供でもすぐに楽にひける「どんぶらこ」やら「PocketRock」の開発へと進んできたのですが、それは一般楽器としてのお話。
「デカンショ節という伝統文化」
と掛け合わせると、これまたちょっとニュアンスも変わるので悩みどころです。
うちの奥さんに意見を求めると、
「やっぱり、デカンショ節らしさを前面に出すなら、糸巻きのある三味線スタイルを消してしまうのはもったいない」
とのこと。すると、デカンショ節らしい楽器は=簡単に弾ける三味線=シャミレレシリーズ、ということになるようです。
(しかし、そうすると実際には、初心者さんには、すぐ弾ける楽器じゃなくなってしまうという実態もあるわけで)
悩ましいですね~。
みなさんも、このあたりご意見くだされば、いろいろ検討してみます。
=========
とりあえず、左大文字としては、
「デカンショ節、日本遺産認定記念」 シャミレレ三線サイズ 原型モデル
を数本作ろうかなと思っています。
ヒノキ棹・ヒノキ胴・特注で作っている丸胴タイプ・サウンドホールは笹デザイン
の
写真で言えば、一番左のタイプになりますかね。
また、製作本数とか決まればご案内します。
沖縄三線や邦楽三味線をコードで演奏するプロジェクトです。 ユーザー1800名突破! コード弾きテキストも頒布しています。
2015年5月7日木曜日
2015年5月6日水曜日
祝!「日本遺産」 丹波篠山 デカンショ節―民謡に乗せて歌い継ぐふるさとの記憶
さてみなさんこんにちは。
普段、左大文字は兵庫県篠山市というところを拠点に活動していることが多いのですが、うれしいことにこの度、文化庁の
「日本遺産」
認定第一弾として、篠山のデカンショ節をとりまく環境が認められたようです。
丹波新聞より
http://tanba.jp/modules/news/index.php?page=article&storyid=2262
(篠山市が日本遺産に!「丹波篠山 デカンショ節―民謡に乗せて歌い継ぐふるさとの記憶」)
デカンショ節そのものは、歴史を調べてみると江戸末期から明治初期にかけて原型ができ、流行したようです。ものすごく古来からの文化、というわけではなく、江戸末期には俗謡や雑歌がたくさん生まれては消えていったので、その一つが残っているということになるのですが、なんと言っても
「学生歌を通じて、全国に広まった」
という意味においては、特筆すべきものがあると思います。 言ってみれば、明治大正のベストヒットミリオンセラーだと言うわけですね。
さて、そのデカンショ節ですが、戦前は一時途絶えそうになったりしながらも、近年は市や商工会などの努力により夏の「デカンショ祭り」とも連動して、かなり定着するようになりました。
そうした取り組みと、一応江戸期から続いている俗謡を守ってきたという意味において、たしかに興味深い事例だと思います。
しかしながら、地元民である小学生や若者はみなデカンショ節のメロディと歌詞は知っているものの、残念ながら
「弾ける」
レベルには到達していないのが実情です。三味線や太鼓、また歌い手さんの技量は、デカンショ節保存会の人たちの活動によって守られているようで、デカンショ節を演奏できる人材は、実はそう多くないのかもしれません。
==========
さて、ワタクシ左大文字も、三味線弾きのはしくれではありますが、デカンショ節をきちんと弾いたことはありません。ざっと耳コピくらいはできますが、これも三味線界特有の問題で、
「デカンショ節などの民謡ジャンル」と、私が弾いていた「三曲(地唄)」や「沖縄三線」あるいは、歌舞伎などの「長唄」、東北の「津軽三味線」などは、弾くシステムが全く互換性がない
ということがあるので、 いくら私が三味線弾きのはしくれでも、正式なデカンショ節は弾けないのです。(真似事っぽいことはできます)
このように、伝統そのものをかたくなに守ろうとすると、そうした技芸は必ず縮小する傾向にあります。一部の人たちのものになった時点で、実は衰退のはじまりだというわけです。
私の個人的な考え方は、「マス化」することで伝統はいっそう発展する、というものですので、正当なものを守るスタンスにくわえて、やはり誰にでも親しめるものにしたいなあ、と思うわけで(^^
近年の沖縄三線業界は、やはりそれで一定の成功を収めていると思います。ポップス化した三線が一定数広まったことで、伝統的三線の世界がまたひとつ発展することに繋がっているように思うからです。
==========
というわけで、せっかく篠山に縁がある左大文字が、何をしなければならないかと言うと、その目標はとてもカンタン明確ですね(笑)
はい。デカンショ節を誰にでもカンタンに弾ける楽器を提供することです。
本来、デカンショ節は三味線で演奏される楽器ですから、実はかなり難易度が高いです。
これは単純に、沖縄三線が一般に売れたように、三味線とデカンショ節が連動して「売れる」とは全く考えられません。
なので、伝統的アプローチから見れば、三味線人口が増えてほしいという単純な願いがあるのですが、それはマス化には繋がらないと考えます。
左大文字的には、
①篠山に遊びに来た人が、「デカンショ節を20分以内のレクチャーで弾けるようになる」
②おみやげ価格で楽器を買って帰ることができ、かつ家でもデカンショ節を楽しめる。
③楽器として、他の利用法がきちんとある。
ことが最低限のポイントだと考えます。
さあて、和のテイストでまとめるか、それとも洋のテイストとコラボさせてみるか・・・。
個人的には「デカンショギター」とか面白いネーミングだと思うのですが。
というわけで、開発にとりかかることにしましょうか(^^
普段、左大文字は兵庫県篠山市というところを拠点に活動していることが多いのですが、うれしいことにこの度、文化庁の
「日本遺産」
認定第一弾として、篠山のデカンショ節をとりまく環境が認められたようです。
丹波新聞より
http://tanba.jp/modules/news/index.php?page=article&storyid=2262
(篠山市が日本遺産に!「丹波篠山 デカンショ節―民謡に乗せて歌い継ぐふるさとの記憶」)
デカンショ節そのものは、歴史を調べてみると江戸末期から明治初期にかけて原型ができ、流行したようです。ものすごく古来からの文化、というわけではなく、江戸末期には俗謡や雑歌がたくさん生まれては消えていったので、その一つが残っているということになるのですが、なんと言っても
「学生歌を通じて、全国に広まった」
という意味においては、特筆すべきものがあると思います。 言ってみれば、明治大正のベストヒットミリオンセラーだと言うわけですね。
さて、そのデカンショ節ですが、戦前は一時途絶えそうになったりしながらも、近年は市や商工会などの努力により夏の「デカンショ祭り」とも連動して、かなり定着するようになりました。
そうした取り組みと、一応江戸期から続いている俗謡を守ってきたという意味において、たしかに興味深い事例だと思います。
しかしながら、地元民である小学生や若者はみなデカンショ節のメロディと歌詞は知っているものの、残念ながら
「弾ける」
レベルには到達していないのが実情です。三味線や太鼓、また歌い手さんの技量は、デカンショ節保存会の人たちの活動によって守られているようで、デカンショ節を演奏できる人材は、実はそう多くないのかもしれません。
==========
さて、ワタクシ左大文字も、三味線弾きのはしくれではありますが、デカンショ節をきちんと弾いたことはありません。ざっと耳コピくらいはできますが、これも三味線界特有の問題で、
「デカンショ節などの民謡ジャンル」と、私が弾いていた「三曲(地唄)」や「沖縄三線」あるいは、歌舞伎などの「長唄」、東北の「津軽三味線」などは、弾くシステムが全く互換性がない
ということがあるので、 いくら私が三味線弾きのはしくれでも、正式なデカンショ節は弾けないのです。(真似事っぽいことはできます)
このように、伝統そのものをかたくなに守ろうとすると、そうした技芸は必ず縮小する傾向にあります。一部の人たちのものになった時点で、実は衰退のはじまりだというわけです。
私の個人的な考え方は、「マス化」することで伝統はいっそう発展する、というものですので、正当なものを守るスタンスにくわえて、やはり誰にでも親しめるものにしたいなあ、と思うわけで(^^
近年の沖縄三線業界は、やはりそれで一定の成功を収めていると思います。ポップス化した三線が一定数広まったことで、伝統的三線の世界がまたひとつ発展することに繋がっているように思うからです。
==========
というわけで、せっかく篠山に縁がある左大文字が、何をしなければならないかと言うと、その目標はとてもカンタン明確ですね(笑)
はい。デカンショ節を誰にでもカンタンに弾ける楽器を提供することです。
本来、デカンショ節は三味線で演奏される楽器ですから、実はかなり難易度が高いです。
これは単純に、沖縄三線が一般に売れたように、三味線とデカンショ節が連動して「売れる」とは全く考えられません。
なので、伝統的アプローチから見れば、三味線人口が増えてほしいという単純な願いがあるのですが、それはマス化には繋がらないと考えます。
左大文字的には、
①篠山に遊びに来た人が、「デカンショ節を20分以内のレクチャーで弾けるようになる」
②おみやげ価格で楽器を買って帰ることができ、かつ家でもデカンショ節を楽しめる。
③楽器として、他の利用法がきちんとある。
ことが最低限のポイントだと考えます。
さあて、和のテイストでまとめるか、それとも洋のテイストとコラボさせてみるか・・・。
個人的には「デカンショギター」とか面白いネーミングだと思うのですが。
というわけで、開発にとりかかることにしましょうか(^^
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